東京高等裁判所 平成5年(ネ)5310号 判決 1994年7月27日
控訴人(四六九五号)
青森県
右代表者知事
北村正哉
同
下田町
右代表者町長
袴田健義
右両名訴訟代理人弁護士
児玉康夫
青森県指定代理人
新山魏一
外五名
下田町指定代理人
市村堅二郎
外一名
控訴人(五三一〇号)
植村榮
同
青森雪運株式会社
右代表者代表取締役
戸田宇吉
同
鳥屋部敏夫
右両名訴訟代理人弁護士
廣瀬清久
被控訴人(四六九五号、五三一〇号)
青木松代
右訴訟代理人弁護士
土居千之价
主文
1 原判決中控訴人青森県及び同下田町に対して金員の支払いを命じた部分を取り消す。
2 右部分につき被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 控訴人植村榮及び同青森雪運株式会社の控訴を棄却する。
4 訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人青森県及び同下田町に生じた費用は全部被控訴人の負担とし、当審において控訴人植村榮及び同青森雪運株式会社に生じた費用は同控訴人らの各自弁、被控訴人に生じた費用の二分の一を控訴人植村榮及び同青森雪運株式会社の負担とし、その余を被控訴人の自弁とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨(各控訴人)
1 原判決中控訴人らの敗訴部分を取り消す。
2 右部分につき被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
各控訴棄却
第二 当事者の主張
当事者双方の事実の主張は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示(原判決書中「第二 事案の概要」のうち、冒頭部分、「一 争いのない事実」及び「二 争点」)のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決書二枚目裏五行目から同六行目にかけての「青森雪運」を「青森雪運株式会社(以下「青森雪運」という。)」に、同裏一〇行目の「青森県」から同一三行目末尾までを「青森県上北郡下田町内を南東から北西に向かって走る主要地方道(以下「県道」という。)が、同地附近で概ね北方へと屈曲する部分に、北西から南東に走る下田町町道(以下「町道」という。)が接続するY字型の、交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)の中である。」に、原判決書三枚目表三行目の「南東から」を「南東から三沢市方面へ向い」に、同表一二行目の「路端に」を「路端の交差点入口付近に」に、原判決書五枚目表八行目の「事故」を「自己」に、原判決書七枚目表一三行目の「く来る」を「来る」に、それぞれ改める。)。
一 控訴人青森県及び同下田町
仮に本件事故について控訴人らに責任があるとしても、亡青木の標識無視により一時停止不履行の過失は極めて重大であり、発生した損害のうち九割を過失相殺として減ずるべきである。
二 控訴人植村榮及び同青森雪運
仮に本件事故について控訴人植村に過失があるとしても、控訴人らが全損害の二割を超えて責任を負ういわれはない。原判決は過失割合についての判断を誤っている。
第三 証拠
証拠の関係は、記録中の証拠目録(原審、当審)に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
当裁判所は、被控訴人の控訴人植村榮及び同青森雪運に対する請求は、原判決の認容した限度で理由があるが、控訴人青森県及び同下田町に対する請求は理由がないものと判断する。その理由は次のとおりである。
一 争点1(本件事故の態様など)について
撮影対象について争いがなく、撮影日についてはそれぞれ記載どおりであることが弁論の全趣旨により認められる甲第一号証の一ないし三、第二号証の一ないし一五、成立に争いのない甲第三号証、第四号証、乙第一号証、撮影対象について争いがなく、撮影日についてはそれぞれ各記載のとおりであることが弁論の全趣旨により認められる乙第三号証、第四号証、控訴人植村榮の本人尋問の結果(原審)及び原審裁判所の検証の結果を総合すれば、次の各事実を認めることができる。
1 本件交差点付近の状況
(一) 本件事故当時の本件交差点付近の模様は、別紙交通事故現場見取図(甲第三号証添付図面)のとおりである。
(二) 県道は、国道四五号線方面から本件交差点までJR東北本線に沿っており、歩車道の区別がなく、幅員が6.7メートルあり、白色鎖線による中央線が本件交差点を貫いて設けられ、国道四五号線方面から三沢市方面に向かって約一〇〇分の二の下り勾配である。町道は、向山駅方向から本件交差点までJR東北本線に沿っており、歩車道の区別がなく、幅員は5.6メートルあり、中央線は設けられていない。ともにアスファルト舗装がなされた平坦な道路で、路面は乾燥状態であった。いずれも最高速度が毎時五〇キロメートルに制限されている。
(三) 先に示したとおり本件交差点付近でJR東北本線と別れて湾曲する県道に対して、町道は、向山駅あたりから東北本線に沿って南東に向かっていて、本件交差点附近では東北本線に沿う県道と町道の路側がほぼ一直線をなすように接続している。
(四) 町道が本件交差点に接続する少し手前は、溝渠を越える橋の形状になっており、町道の両路側に欄干が設置されている。町道から本件交差点に向かって左側の欄干を越えたところに、底辺七二センチメートル、高さ六四センチメートルの二等辺逆三角形の一時停止標識が設置され、三角形下端(頂点)から地上までは少なくとも2.08メートルの高さがあった(この一時停止標識は、本件事故後、これより大きい標識と取り替えられ、従来のものは町道上の反対側に設置されることになった。)。また、町道上の本件交差点に接続する付近の路面には一時停止線が設けられていたが、冬季の車両タイヤによる摩耗で、ほとんど消失していた。なお、町道の一時停止標識の反対側の路側には、町道から本件交差点方面に進む者に対して、県道の三沢市方面から本件交差点に近付く車両を見ることができるようにロードミラーが設置されていた。
2 本件交差点付近における道路の見通し状況
(一) 県道の国道四五号線方面から本件交差点を経て町道側に向かう見通しは良好で、本件交差点から町道方面に向かって数百メートル先まで見通すことができるが、県道を三沢市方向へ向かう見通しは、県道がゆるやかに右に湾曲するためにやや不良である。
(二) 町道の向山駅方面から本件交差点を通して国道四五号線に向かう見通しは良好であるが、左方(県道の三沢市方向)の見通しは、交差点北側(Y字にはさまれた部分)に建物(食堂)があるため、良くない(前記のようにロードミラーが設置されているのもこれを補うためであろう。)。本件交差点から町道を向山駅方面に九〇メートル隔たった地点で、本件交差点に向い時速五〇キロメートルで走行する自動車から本件交差点方向を見ると、本件一時停止標識の位置に標識が設置されていることは視認することができるが、それが一時停止を指示する標識であるかは判然とせず、県道の中央線も視認することができない。また、町道と県道は一本の道のように見える。これを七〇メートルに接近したところから見ると、標識が赤色の逆三角形の形状であることが視認でき、さらに本件交差点から六〇メートルの距離に近付くと、本件交差点の先方に県道上の左方に湾曲する中央線が判別でき、四〇メートルの地点に至ると、先の欄干がはっきり見え、一時停止標識(「止まれ」の字)もはっきり確認することができる。
3 事故の痕跡等
植村車は、県道上を国道四五号線方面から三沢市方面に向かうために時速約五〇キロメートルで走行し、本件交差点にさしかかったが、自車の進行する道路が県道であり、かつ町道上には一時停止標識が存在することも承知していたところから、町道から本件交差点に進入する車両の有無に十分の注意を払うこともなく、かつ方向指示灯によって県道に沿って右方向に進行する旨の警告措置をとることもしなかった。ところが、別紙交通事故現場見取図上のア点付近に至ったとき前方の交差点内の自車進路上A点付近に対向して進出した白色の自動車を発見したので、衝突の危険を避けるために時速二、三〇キロメートルに減速し、乗用車を国道四五号線方面にやり過ごした。その後右折しつつイ点付近に進んだとき、①点付近に進行してくる青木車を発見し、危険を感じて更に右に転把したが、衝突を回避することはできず、ウ点付近で自車左後部に青木車若しくは亡俊雄の身体が衝突した。事故直後の亡俊雄の身体には出血の様子はなく、また、イ点付近の南西側の路側に転倒していた青木車にも大きな破損はなく、事故後現場に立合った警察官が運転して搬送した。衝突後植村車の左後部のガソリンタンクとフェンダーに衝突の痕跡があったが、衝突時には、植村は、ポンポンという音のほか強い衝撃を感ずることがなかった。青木車の進路上には、本件一時停止標識のあたりから概ね一〇メートルの長さの、青木車のものとみられるスリップ痕が残されていた(本訴提起後の平成三年六月三日に控訴人植村榮を立会人として実況見分調書が作成され(甲第四号証添付)、その際控訴人植村は警察官に対して、交差点中央付近で左前方6.5メートルに青木車を発見し、それから二メートル進んだときに衝突した、と説明していることが認められるが、時期からいって明らかに本訴を前提にした上での説明であり、かつ事故後長年月を経過した後の説明であること、説明に用いられた数値がいかにも微細であることを考慮すると、にわかに信用することができない。衝突の模様については、甲第三号証の説明を採用すべきである。この点は、控訴人植村榮の原審における本人尋問の結果についても同じであり、そこで同人は、甲第三号証添付の図面である別紙交通事故現場見取図を示されて、事故当日警察官に説明したものであって、そのとおり間違いない旨を述べる一方で、青木車を最初に発見したのは、助手席の後の窓を通じてであると説明する。植村車は甲第四号証中の写真にも明らかなとおり、いわゆる保冷車であり、背面に窓はないから、運転席から助手席後部の窓を通じて青木車を見たとすれば、それは概ね左側方又は左後方ということになり、先の平成三年六月三日付の実況見分調書作成時の説明にむしろ近い。彼此一貫しない供述といわなければならないが、全体を通じてみたとき、自車に比して青木車がいかに高速度で走っていたかを示そうとの姿勢が見られるとしても、穿ち過ぎでないと考えられる。控訴人植村榮本人の右の供述部分はそのままに信用することは困難である。)。
4 事故態様
以上に認めた事実関係並びに当事者間に争いのない事実から、本件事故は次のようにして発生したと認めるのが相当である(亡俊雄が本件交通事故により死亡したことは当事者間に争いがないが、直接の死因についてはこれを明らかにする証拠はない。)。
先ず、植村車は、自車の進行する道路が県道であり、他方の町道には一時停止標識のあることから、特段の注意をせずに県道を進行したところ、前方に白色の自動車を発見し、制動措置をとることによって無事に離合したことに気を許し、それ以上に町道上に注意を払わなかったところ、青木車の発見が遅れ、既に交差点内にあって右折中であったために衝突を回避することができなかった。他方青木車は、町道を本件交差点に向かって進行していたところ、本件交差点から一〇〇メートル余り離れている地点では、町道と県道が一本道のように見えていたことや、植村車が方向指示灯による右方向進行を合図しなかったこととあいまって、植村車は町道の方に直進して来るものであって、同車が自車の直前を横断することはないものと速断し、前方の一時停止標識も見落して、減速せずに進行したところ、案に相違して植村車が県道に沿って右方向に進行して来たために、衝突の危険を感じて制動したが、ときすでに遅く、衝突してしまった。
以上のとおり認めるのが相当である。
控訴人らは、亡俊雄が一時停止標識に気付いていながらこれを無視して交差点に進入したと主張する。たしかに、先のとおりの道路の見通し状況、一時停止標識の確認可能性を前提にしたときは、通常なら町道を進行して来る者は本件一時停止標識を十分確認することができるのであるから、二輪車の特性を考慮にいれても、これを見落したというのはいささか疑問がある。ことに、町道の向山駅よりの地点から見ると町道はそのまま県道に至る一本道のように見えるのであるから、県道を本件交差点に向かって対抗して来る車両が、本件における植村車のようになんらの方向指示もしない場合に、それがそのまま町道に進入してくるものと速断することもあり得ることをも考えると、控訴人らの主張も一概に斥けるわけにはいかないところがある。しかし、一時停止の標識に気付きながらあえてこれを無視するというのは周囲に他の車両が通行していないことが判っているのならともかく、そうでない限り極めて危険な行動であることを考えると、亡俊雄があえて標識を無視したとまで認定するまでの心証は得られない(すでに判示したとおり控訴人植村本人の供述はそのままには採用し得ないものであるし、他に亡俊雄があえて異常な行動をとることを窺わせる証拠もない。控訴人らの主張する事情はいずれも推測の域を出るものではなく、亡俊雄の標識無視の事情とするにはいかにも根拠が薄弱である。)。よって、先に認定したとおりの事故の経過であるとするのが相当である。
なお、青木車がどの程度の速度で進行していたのか、青木車は直接植村車と衝突したのかについては、これを明確に認定するに足りる証拠はない。しかし、速度の点については、一般に制動痕の長さから制動初速を推定することは可能であり、かつ乾燥した舗装路面(通常は摩擦計数は0.7と計測される。)に残された制動痕が一〇メートルである場合には、制動初速は概ね42.6キロメートル程度、二〇メートルである場合には、60.2キロメートル程度と推定することができること、次に述べるとおり、青木車と植村車とが直接に衝突したか否かは明らかでないものの、仮に直接に衝突し、これによって進行方向と逆向きの力が働いたとしたところで、青木車の破損の状況が軽度であることを考えると、その逆向きの力も大きいものではないと考えられること、事故後転倒停止した青木車の位置などから見て、青木車の速度はせいぜい六〇キロメートル程度であり(青木車はスリップ痕の終端から衝突地点までさらに走行を続けているから、スリップ痕一〇メートルを基に計算することはできないが、衝突地点までの距離を加算しても二〇メートル以上のスリップ痕になるとは考えられないところであり、時速六〇キロメートルを大きく超えるとは認め難い。)、控訴人らのいうほど極端に大きい速度であったとすべき根拠はないものといわなければならない。なお、青木車が直接に植村車と衝突したか否かについては、これを確定するに足りる証拠はないものの、一般に自由運動を続ける物体は側面からの外力を与えられない限り運動の方向を変えることはないとしてよく、制御を失った後の青木車と本件交差点路面との関係も同様に考えられるから、別紙図面のとおりの青木車の制動痕の方向と転倒停止位置との関係が生ずるためには、事故時に青木車に南西方向の外力が働いたと考えるほかなく、その外力としては植村車が衝突により与える力をおいてほかにない。そうしてみると、詳細は別として、青木車と植村車は直接に衝突したものと考えるのがむしろ合理的である(ただ、そのように断定すべき事情も十分ではなく、結論に必ずしも影響しないことがらであるので、ここでは直接に衝突したとの可能性を指摘するに止める。)。
二 争点2(県道及び町道の管理の瑕疵等)について
先に認定した県道及び町道の交差状況及び町道側からみた県道の見通し状況を前提にすると、本件交差点においては、町道を進行して本件交差点に近付く運転者にとって、交差点から九〇メートル程離れた地点までは県道と町道が分岐していることが判りにくく、県道を対向して来る車両が県道上をそのまま進行し、自車の前を横切ることになるのか、それとも町道に進行してくるのかを判別し難いという状況があることは否定できない。控訴人らは、このような状況がもたらす危険は、一時停止の標識によって十分防止し得る、すなわち町道を進行して来る車両の運転者は、一時停止標識が設けられているのであるから、本件交差点における優先関係を容易に把握し得るのであって、対向車の動静に注意し、安全を確認した後に県道に進入することによって危険を回避することができるという。しかし、単純にそのようにいいきることは、通常の運転者に過大な要求をしているものであるとの被控訴人の主張(一時停止の標識さえあれば止るのが当然であり、事故は発生するはずがないというのは一面的な議論であるとの主張)も理解できないではない。
そこでさらに具体的な状況を基にして、慎重に検討してみると、本件においては、交差点から九〇メートル程離れた地点までは、県道と町道が一本の直線道路のように見えるにしても、交差点に近付くに従って一時停止の標識がだんだんはっきりしてくるのであり(字は読めなくても、逆三角形の赤色の標識があることは九〇メートル離れた地点でも判るのであるから、一時停止の標識であることの推測は十分可能である。)、先に認定した見通し状況からすると、通常の速度で町道を進行して来る車両の運転手にとっても、交差点の十分手前、少なくとも四〇メートル手前において一時停止標識及び県道の中央線の形状を把握するのは容易であるだけでなく、県道の進行方向の左方からの道路の存在を示すロードミラーを目にすることもできるのである。そうして見ると、仮に進行方向の合図をしない車両が県道を進行して来たとしても、それが当然に町道に進入するものであり、自車の前方を横切るはずはないと考えるべき根拠に乏しいし、県道上をそのまま進行するとした場合には、自車がそれに優先するとか、自車が先に安全に交差点を通過し終わるであろうと考えるべき理由もない。町道を進んで来た運転者に対して、減速し、状況を把握すべく注意せよと求めても特に過ぎた要求ともいえない。
前掲各証拠によれば、本件事故後、一時期本件交差点内に導流帯が設けられたことがあり(もっともその後とり除かれた。)、町道上には先に認定したとおり一時停止標識が両側に設置されたほか本件交差点の形状を示す標示板が設けられ、また県道上の国道四五号線側には、先方が変形交差点であり、方向指示機を操作して町道を進行して来る車両に警告を与えるべき旨を指示する標示板が設置されたことが認められる。道路上に設けられる停止線、「止まれ」の表示が冬季のスパイクタイヤ等による摩耗のため、雪解け時期を経て次の設置作業までの間実質上はないも同然の状態になることは、控訴人青森県や下田町には知られたところであるから(原審証人下舘正治の証言によれば、横断歩道などを優先して作業をすすめるために、本件交差点の停止線のような場合には六月ころに再度設けられるのが通常であることが認められる。)、これに代替し、あるいは補い合うべき施設として、右のような諸設備を設けておくのが望ましいとはいえるであろう。しかし、それがないからといって、本件における県道と町道が、本来そなえるべき安全性などの性質を備えていないということは困難である(ちなみに、成立に争いのない乙第五、六号証によれば、本件事故以前五年間における本件交差点内の事故件数はごく僅かで(人身事故は昭和六〇年と六一年に一件ずつ)、近隣の十字路形の交差点(一時停止標識による規制)に比しても事故発生件数は少ないことが認められ、原審証人下舘正治の証言の信用性も、特にこれを排斥すべきものとはいえない。むしろ証人成田君枝の証言は客観的裏付に乏しいものといえる。)。
被控訴人の控訴人青森県及び同下田町に対する請求は理由がないというべきである。
三 争点3(信頼の原則の適用の可否)について
一般に、優先道路を走行する車両の運転者は、交差道路を進行して交差点に進入する車両の運転者が、自車の進行を妨げないように一時停止するなどの措置に出るであろうと期待してよく、この期待に反して敢えて交差道路から無謀にも交差点に進入した車両との間で事故を生じても、これについて責任を負わないと考えることができるが(いわゆる信頼の原則)、現に一時停止などの措置を講ずることなく交差点に進入する車両のあることが容易に予測できるような場合にまで右の原則が働くものではない。
本件においては、先に認定した道路形状から、町道を進行して来る車両の運転者にとっては、交差点附近まで県道から本件交差点に進入する車両の進行方向が的確に把握できないという難点があることは控訴人植村榮においても事前に承知していたところであり(同控訴人の本人尋問の結果により認める。)、かつY字型の変形交差点であって、町道方面も遠方まで見通しがきき、現に青木車の直前に本件交差点に進入した白色の自動車を発見して、安全に行き交うために植村車の側で減速し、これにより当該自動車は植村車の右側を走り去ったのであるから、見通しのよい前方の町道上に僅かの注意を払いさえすれば、青木車が後続して交差点に接近していることに容易に気付いたはずであり、青木車が一時停止しないで直進することもあり得ることにも思い至ったはずであるし、もともと右折合図など適宜の措置も取るべきであったといえる(本件交差点は変形交差点であるが、植村車の進行方向からいって、注意標識の有無にかかわらず右折合図をするのが本来である。)。そうすると、本件ではいわゆる信頼の原則を適用すべき前提を欠いており、これによって控訴人植村榮の責任を免ずることはできないというべきである。
四 争点4(過失相殺)について
前記の優先道路を進行する控訴人植村榮の安全確認義務違反の程度、亡俊雄が本件一時停止標識に従った運転をしなかった点等一切の事情を考慮して、亡俊雄の過失を六割とみて損害賠償額を算定するのが相当である。
五 争点5(損害)について
損害額の判断については原判決書二一枚目裏九行目から二二枚目裏三行目までを引用する。
以上のとおり、原判決が、被控訴人の控訴人植村榮及び同青森雪運に対する請求の一部を認容したのは相当であるが、控訴人青森県及び同下田町に対する請求の一部を認容したのは不当であるから、この部分を取り消し、被控訴人の控訴人青森県及び同下田町に対する請求を棄却すべきである。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 田村洋三 裁判官 曽我大三郎)